デザイン
心理学から学ぶ、エンダウド・プログレス効果が示すUXデザインのヒント
公開日
2024.11.20
エンダウド・プログレス効果とは、目標達成に向けて最初から進捗が与えられていると、ゴールに到達しやすくなる心理的効果のことを指します。この現象は、ユーザーの行動を促進するための重要なツールであり、特にUXデザインにおいて多くの応用例があります。
たとえば、フィットネスアプリで「すでに3日連続で運動を続けています!」という通知が届くと、ユーザーはその連続記録を伸ばしたいと考え、行動を継続する可能性が高まります。このような効果をデザインに取り入れることで、ユーザーエンゲージメントを向上させ、サービス利用を継続させる仕組みを作ることが可能です。
本記事では、エンダウド・プログレス効果の基礎を深く掘り下げ、その応用方法やデザインにおける注意点を詳しく解説します。
エンダウド・プログレス効果とは
エンダウド・プログレス効果は、USCマーシャル経営大学院のジョセフ・C・ヌネスとUCLAアンダーソン経営大学院のザビエル・ドレーズによって提唱されました。
彼らの研究では、人工的に進捗を与えることで、人々の努力やモチベーションがどのように変化するかを検証しました。この研究により、初期段階で進捗が与えられると、目標達成に向けた意欲が高まることが明らかになりました。
エンダウド・プログレス効果が人々の行動を促進する背後には、主に「目標勾配効果」と「損失回避の心理」という2つの心理的要因が関与しています。
目標勾配効果
目標勾配効果は、心理学者クラーク・ハルが提唱した概念です。彼の研究によれば、目標に近づくほど行動の速度や頻度が増加することが示されています。たとえば、マラソンの最後の数百メートルでスピードが自然と上がる現象や、チェックリストの項目が残り1つになると急に作業が進む感覚は、この効果によるものです。この心理現象は、目標が具体的であり、その達成が視覚的または感覚的に確認できる場合に特に強く現れます。
損失回避の心理
さらに、エンダウド・プログレス効果には、「損失回避」という心理的メカニズムも関わっています。損失回避とは、手に入れたものを失いたくないという感情であり、進捗を一度手にしたユーザーがそれを無駄にしないように行動を継続する原動力となります。たとえば、スタンプカードが半分以上埋まっている場合、人はそのカードを完成させようとする傾向があります。このように、進捗の「喪失」が心理的負担になることが、エンダウド・プログレス効果の根幹にあります。
エンダウド・プログレス効果のUI/UXデザインへの応用
進捗の可視化
進捗を視覚的に示す要素は、エンダウド・プログレス効果を活用するための基本的なツールです。たとえば、プログレスバーやチェックリストを使うことで、ユーザーは自分が目標達成に向けてどれだけ進んでいるかを簡単に理解できます。
Eコマースサイトでは、購入手続きの各ステップをプログレスバーで示すことがあります。「カートに追加」「配送情報の入力」「購入完了」といったステップが視覚化されていることで、ユーザーは次に何をすればよいかを明確に把握し、プロセスをスムーズに進められます。このような進捗の可視化は、ユーザーの離脱率を低下させる効果もあります。
さらに、進捗を見せる際には、ゴールとの距離感が重要です。ユーザーがゴールに近づいていると感じられるデザインを心がけることで、目標勾配効果が引き出され、行動が加速します。
ゲーミフィケーションの活用
ゲーミフィケーションは、エンダウド・プログレス効果を応用する強力な手段の1つです。ゲーム的な要素を取り入れることで、ユーザーは目標達成の過程を楽しむことができます。たとえば、ポイント獲得、バッジの付与、レベルアップといった仕組みが、ユーザーのエンゲージメントを高めるのに有効です。
語学学習アプリでは、特定の課題をクリアするごとにポイントが付与され、その累積ポイントに応じてランクアップする仕組みがよく見られます。これにより、ユーザーは進捗を確認しながら、小さな成功体験を積み重ねることができます。こうした小さな成功は、最終的な目標へのモチベーションを高める役割を果たします。
初期進捗の付与
エンダウド・プログレス効果を引き出すもう一つの有効な手法は、初期進捗を与えることです。たとえば、ポイントカードプログラムで「最初から2ポイントが付与されています」とユーザーに伝えると、そのカードを完成させる意欲が高まります。初期進捗が存在することで、ユーザーは「すでに始めている」という感覚を持ち、心理的な負担が軽減されるため、次の行動に踏み出しやすくなるのです。
この手法は特に新規ユーザーのエンゲージメントを高める場面で有効です。進捗がゼロから始まる場合、新しい目標に取り組む心理的ハードルが高くなりがちです。初期進捗を与えることで、このハードルを低くし、行動開始のきっかけを提供できます。
エンダウド・プログレス効果を活用する際の注意点
エンダウド・プログレス効果をデザインに取り入れる際には、いくつかの注意点と限界を理解しておく必要があります。
ゴールとの距離の調整
ゴールまでの距離があまりに近すぎると、達成感が得られる前にモチベーションが失われる可能性があります。一方で、ゴールが遠すぎる場合、目標が現実的に感じられず、行動が停滞するリスクがあります。そのため、ゴールとの距離を適度に調整し、ユーザーが常に「手が届きそうだ」と感じるバランスを取ることが重要です。
たとえば、貯金アプリで最初の目標金額が100万円など非現実的な設定の場合、ユーザーは目標を達成する意味を感じなくなる可能性があります。一方で、500円の目標では簡単すぎて達成感が薄れるでしょう。このように、ゴールの距離感を調整することで、効果的にエンダウド・プログレス効果を引き出すことができます。
難易度の柔軟性
ユーザーによって目標達成の能力や動機は異なります。そのため、デザインには目標の難易度を調整できる柔軟性が求められます。
たとえば、フィットネスプログラムでは、初心者向けの短時間のエクササイズメニューと、経験者向けの高強度トレーニングメニューを提供することで、ユーザーが自身のレベルに合った課題を選べる仕組みを作ることができます。
柔軟な設計によって、さまざまなニーズを持つユーザーに対応し、効果的にエンダウド・プログレス効果を適用することが可能になります。
結論
エンダウド・プログレス効果は、目標達成への心理的動機を高める重要なアプローチであり、UI/UXデザインにおける多くの場面で応用可能です。
進捗の可視化、ゲーミフィケーション、初期進捗の付与といった手法を取り入れることで、ユーザー体験を豊かにし、エンゲージメントを向上させることが可能です。
一方で、ゴール設定や難易度調整といった設計のバランスが求められる点も忘れてはなりません。これらを考慮しながら、エンダウド・プログレス効果を効果的に活用することで、プロダクトやサービスがより多くのユーザーに支持されるものになるでしょう。